ぼこっ。
ぼこぼこ。
ぼこぼこぼこぼこぼこぼこぼこぼこぼこ!!!!
海面の変化は一瞬だった。
まるで海が沸騰しているような。スーパーボイルとは的を得た表現だと改めて思った。
みるみるうちにあたり一帯の海面が鮪による鰯の捕食で騒がしくなった。
その中心の少しそれたところを狙った。トゥイッチしたあと少しステイ・・・その繰り返し。弱ったベイトを演出するためだ。
その一連の動きの2回目だった。ステイしたときだった。
竿先が曲がり「つ」の字になった。
体中に電流が流れたかのように衝撃が走った。
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8月の第3週の火曜日。
今月3度目の有給を取った。3回中全て鮪休暇だ。週に1回ずつ火曜か水曜に取った。
「せっかくの夏休みのための有休なんだから連休でとればいいのに・・・」
近頃、直属の上司からよく言われるセリフだ。
しかし私にとってそこはさほど重要ではないのだ。重要なのは鮪の仕立て船の予約が取れた日ということ。
別事業所の上司が予約してくれた日にあわせることが何よりも重要だった。
当日の朝2時に目が覚める。
前日の晩に準備はしておいたので身支度をして早々に出発する。高速に乗る前のガソリンスタンドでガソリンを補給し、
缶コーヒーで喉を潤し、胃袋に流し込む。カフェインが眠気や寝覚めの倦怠感を緩和してくれる。
実はこの日、釣りに行く予定はなかった。本来なら2週間前の火曜にいくはずだったが台風で中止になってしまった。
よって急遽今回の釣行が決定した。
しかし本当に自分に鮪なんて魚が釣れるのか・・・去年からチャレンジしているが釣るどころか掛けることさえ想像がつかない。
動画やテレビを見てイメージをするが掛けたらどのようなファイトになるのか、イメージだけが膨らんでいく。
そんなことを考えているとあっという間に現地に到着した。
港の手前のコンビニで同行する会社の上司2人と合流する。
今日は朝は曇りで風も波も穏やか。鮪日和らしい。期待が膨らむ。
食糧調達後、港に向かい乗船する船の手前で準備する。5時過ぎに船長が到着。いつも少し遅刻するがそこは愛嬌だ。
乗船名簿に記入し、船に乗り込んだあとリーダーとソリッドリングをニットノットで結ぶ。
「霧が出てんな・・・こういう日が釣れるんだよな」
上司が言った。科学的な根拠はないらしい。経験談だ。
しかし出船後の本日の釣行に関する話は自然と気分が高揚する。
潮目を見つけたり、大きなゴミを見つけたり、ベイトが跳ねているのを見つけたり、鳥をみつけるたびに
「飛んでるけど旋回してねぇな」
「ベイトしかいねぇな」
「おいhida。あのでかいゴミにシイラついてねぇか?」
「今日はなんとなく東なんだよな」
話題が尽きない。
私はこの海上の会話もオフショアの醍醐味だと思っている。
毎回いろいろな環境・条件がありそれにあった会話が生まれる。勉強になるし何より面白い。
40分ほど走ったときに小さい鳥山を見つけた。
遠いが鮪だ。
間に合いそうもないが近づいてもらった。が、案の定、射程圏内に入る頃には収まってしまった。
しかし周りに何隻か他船があり、今日はこの方面がよさそうだという結論になった。(東寄りだ)
その後、鳥山はないが海面から何度もヒレが見えた。
イルカだった。
今度はとてつもなく大きい黒いゴミのようなものを捉えた。
鯨だった。
そうこうしていると何隻も船が出待ちしているポイントにたどり着いた。
そしてその時はきた。
海面が一斉に沸騰し始める・・・!!
稀に見るスーパーボイルだった。
汽笛を鳴らしても鳥がなかなかどかない。海面の沸騰状態はずっと続いている。
その場所を中心に船が弧を描くように陣取る。
既に他の船の釣り人は掛けている。
私たちも中心目掛けてキャストを繰り返したが収まるまでにヒットはなかった。
難しい。
正直いうとあんな状態の中ルアーを通すと問答無用で食ってくると思っていた。甘かった。
お祭り状態も収まり、集まっていた船達も散っていく。
それぞれがまた目視とソナーを頼りに鮪を探し始めるのだ。
その後船内では先ほどの反省会をしながら次のボイルを探す。
次のスーパーボイルは予想以上に早く巡り合った。
休んでいた鳥達の動きとソナーによる反応から湧く位置を予測し、出待ちしていた。
すると目の前で突然、
ぼこっ。
ぼこぼこ。
ぼこぼこぼこぼこぼこぼこぼこぼこぼこ!!!!
海面の変化は一瞬だった。
まるで海が沸騰しているような。スーパーボイルとは的を得た表現だと改めて思った。
みるみるうちにあたり一帯の海面が鮪による鰯の捕食で騒がしくなった。
先ほどのボイルよりも激しいと感じた。なぜなら鮪が完全に海面から飛び出し跳ねている。
なぜそこまで跳ねるのか。それは捕食対象である鰯に体当たりをして弱らせるためだという。
その瞬間、目の前の鮪と目が合った。
私は戦慄した。
なんという目つき。
『私(鮪)とお前(人間)で何が違うか教えてやろうか』
『 格だ 』
近海の王者 キハダマグロ ここに有り。
強烈なプレッシャーを感じさせられた。
しかし黙って引きさがるわけにはいかない。
周囲に気を配りながらキャストする。先ほどはど真ん中ではだめだった。
その中心の少しそれたところを狙った。オシアペンシルの別注平政だ。トゥイッチしたあと少しステイ・・・その繰り返し。弱ったベイトを演出するためだ。
その一連の動きの2回目だった。ステイしたときだった。
竿先が曲がり「つ」の字になった。
体中に電流が流れたかのように衝撃が走った。
活字で表現できない衝撃だった。
一瞬息ができなくなった。
しかしなんとか一言だけ報告をした
「か、掛かりました・・・!!」
上司や船長の目の色が変わった。いや、実際見てはいないが空気で感じた。
一人が鮪をかけると周囲は全力でサポートする体制になる。暗黙のルールだった。
「!?掛けたか!!おい!周り回収しろ!竿もどけろ!邪魔だ!」
ミヨシにいたがすぐさま言われるがままに船の側面まで移動した。その方が安定するからだ。
それにしてもとてつもないパワーだ。掛けてからの初走でかなり糸を出された。300m巻いておかないといけない意味がわかった。
その後も頭を振りながら引っ張られる。
完全にパワー負けしていた。
アドレナリンだけは過剰分泌しているような気がした。気が付くと体中汗だくになっており手足が震えていた。
巻けない。
その一言だった。初走は終わったはずなのに巻けない。
「おい!気合いれろこらぁ!早くあげないと魚が腐っちまうだろがぁ!!」
「どうせたいしてでかくねぇだろうが!早くあげちまえ!」
「どうした!固まっちまってさっきから動いてねぇじゃねぇか!!」
周りからの罵声が凄かった。
船長や上司も人が変わったかのように叱咤激励をしてくれる。
それだけではすまず周りの船も近くによってきて観戦している。
しかし後にこれは言葉と語彙に品はないが海の男の応援だということを知った。
気が付くと腹に痣ができている。
竿の尻を腹筋にあてて固定していたからである。
興奮状態からか疲労や痛覚をあまり感じなかったせいもあるのだろう。
気が付くと赤く痣になっていた。位置を変えつつ鮪に集中する。
ようやく巻けるようになってきた。
ポンピングが重要だった。
鮪は激しいしゃくりよりゆっくり上昇させてやるほうが抵抗なくあがってくるのだそうだ。
その繰り返しで一定のペースで巻き上げる。
30分くらい経っただろうか。
ようやく体が疲労を感じ始めた。
特に竿を支える右腕が千切れそうだった。
「鮪も疲れてる!負けるなよ!」
そうだった。
相手の体力も無尽蔵ではない。ここまできたのだ。負けるものか。
今思えば夢のような時間だった。
たった一本のラインで鮪と私が繋がっておりそれぞれの土俵で全力でぶつかりあう。
そこに不純物は一切ない。それはまさしく『公正な闘い』
『男の世界』だった。
姿が見えたときに周囲も驚いた。予想以上に大きかったのである。
ルアーの掛かり位置も見えた。
しっかり口に掛かっている。
もうばれることはない。
船長と上司、2人がかりでモリを打ち込み勝負がついた。
29kgだった。
そのあとはぼーっとしてしまい頭の中や視界がフワフワしていた。
とにかく私は鮪を釣ったのだ。
そこだけは紛れもない事実だった。
この事実を自分の中で反芻するたびに思うことは『感謝』だった。
これまでの私に関わってきたすべてに感謝したくなった。してもしきれないほどに。
hida